イヤホンをBluetoothにしました。
ほんとうにイヤホンから音が流れているのか不安で仕方なく、何度も確認してしまいます。
それにも慣れ安寧が訪れる頃に盛大な音漏れをするんだと思います。気をつけます。
山口さんにイヤホンを買うのを付き合ってもらい、ガチャポンを見て、ヨドバシのおもちゃを見て、いらないものばかり欲しくなってしまうのでした。
何年経っても楽しい会話も話しやすい会話も変わらず、わたしは若いからこんなことばっかやってるんじゃないかと思ってたことが現状続いてる状態です。
インターネットの悪趣味なネタで笑いが止まらないのも変わらずですが、中学生の時にみおと話してたネタが今でも通じ合い離れてても笑えるというのが何年経ってもできるということに、いよいよこのくだらなすぎる無為なやりとりが意味を持ち始めたのではないかと思い始めています。
わたしはオタクの会話を聞くのが大好きなので、推しメンのこんなとこが好きだとか、仮面ライダーのこんなとこがいいとか、早乙女太一のここがいいだとか、2.5次元俳優の炎上とか、わたしがわからない畑のことでも楽しく聞けます。
これは大きな声では言えないのでこんなところに書くしかないんですが、わたしは身近な人がつくった音楽、写真、演劇とうまく関われないことが多いです。何て言えばいいのかわからず、表現者として自信溢れる相手に、なぜそんな?わたしは何で言えばいいんだろう?と答えを探すことに頭が焦り、つらいんです。しんどいんです。
まぁ最近はそんなことも減り、大好きなシマザキさんの舞台やイベントなどにおじゃましてあ〜しゅきぴ〜ってなるくらいなのですが。
表現者とはまた違いますが、映画を観る、芸術を観賞することに誇りを持ってる人など話しにくいです。
そういう人たちと関わらなきゃいけないなら、わたしは自分の好きな行為を隠して生活してたいと思ってしまうので芸術系のことは好きですが進んでは公言しないようにしてます。
なにを言えばこの人は納得するんだろうとか、わたしを認めるんだろうとか考える時間が苦しくて苦しくてやになっちゃったんですね。
そういう人と場所から距離を置いて、これからも生きていけたらなと思います。
だからこそ自分から円滑に言葉が生まれる瞬間を、愛してやまないです。
そういう時の自分が好きすぎて最近少しひいてます。
一生ふざけた会話だけして生きていきましょうね。
うまく学校に行けなかったり、そのせいで期待に応えられなかったり、期待されること自体がわたしはとても苦手だったり、いまこんなだし、円滑に進まなかった人生でもいつでもどっかしらに友達をつくって遊んで暮らしていたのがわたしの処世術だと思います。
ほんとにどっからそんな友達をつくってなんの友達なのかもなんかよくわかんないことも多いんですが、その人に彼氏がいたり、彼女がいたり、家族がどんなとか、つらいことがあったとかそういうこともあまり知りたいわけでもないのでいろんな人と仲良く過ごしているのかもしれないです。
どこかの共同体で否定されることがあっても、それ以外で誰かを愛しくおもうことをサボったことはない気がします。
なにはともあれそろそろこの身分になって一年です。ひとりで過ごしてると、なんやかんや不安ばかり考えてしまうのでどうにかしたいです。
あしたというか今日はかめいさんの誕生日です。友達の誕生日祝うのめんどくさい、わたしは友達がいちばんだいじなわけじゃないしとかいう人もいるなかでわたしはかめいさんの誕生日がとってもたのしみです。
たぶんその方がしあわせなことです。頼むからわたしのこの我ながら尊いと思う感情を汚す会話を振ってくるのはやめてくれ。勝手にしあわせでいましょう。
今日、はやしがチョコモナカジャンボくれてうれしかった。
彼氏欲しい〜よりもガンダムのりたい〜とかしか言えないわたしのままでいたいです。