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駄文の溜まり場

最近なんでもすぐ忘れるので

海辺のフカフカフカフカ

 

 

海辺のカフカ長くって1,000ページも読んだんだ。お疲れ自分🍣

最近また活字を追ってることについて書いてる雑文なだけで、あまり海辺のカフカはわかりません。でもおもしろかった!最近他にも色々と読んでる。

 

 

 

映画が文字から生まれた抽象を見せつけるものなら、小説はその逆で抽象を文字に還元したものだと思う。映画も小説も好きだけれど、互いに得意不得意・向き不向きの特性がありどちらがいいだの悪いだのはないけれど、やっぱりその媒体でしかできない表現をすることに意義があるし、映画でできることは映画でやるべきだし小説でできることは小説でやればいいんだと思う。映画的表現とは何かということを考えるとき、同じ概念を表現したいとして小説で行う場合と映画で行う場合とアプローチにどう違いがでるかということについて考えると気づけることがあるなーって思ったりする🍣🍣

 

ちなみに海辺のカフカを読んでいるとき、映画を観ている時に抱く感情をこと細かに説明し直されているような気分になった。

 

映画から空間と距離や時間の経過を感じ取るのは簡単だと思う。映像という実体を持ってそれらを見せるのが映画の持つ強みであるし、それこそが映画の正体なのではと思う。偉そうに映画を語りたいわけではなく、映画って場所があってあー時間が流れてるなー。動いてるなー。っていうのをそのままに、切り取られて見せられる出来事(一言でいうならばフィクション)を摩擦を少なく見せられるのが強みだなってことを言いたいのです…。

 

逆に文字からだとそれらの実体としてあるものがすべて受け手の想像に託されるわけで。その想像し自分で構築して出来事を理解していく課程を楽しむことが小説の楽しみであるわけで。小説の方が映画よりも受け手がよっぽど能動的になることを必要とされる。だから本読む人は頭がいいんだろうね。すごい。映画は観てても頭よかならないから自分は頭が悪いんだろうなぁっていつも思う…。つらい。でも、やっぱりフィクションをなるべく受動として享受するのが自分は一番好きで心地いいんだろうなって思う。これはどっちが優れている表現かとかいう話ではなく、好みの問題だと思う。

 

ただ、自分は本を読むのが下手だなと思うのでうまいこと読めるようにコツがつかめるまで頑張ろうと思います。

 

 

自分の考えてることをわざわざこんな形にしているのって無駄な行為だなーって思うけど、やっぱり書くのも読むのも好きだから少しでも文字に関われることを仕事にできたらそれでもう幸せだなー。映像も勿論好きだからそっちも考えてるけど、さささささささやかな夢なんだ〜。おやすみ〜。